謎多き通り魔・竹株脩はなぜ黙秘したのか?(殺人、現住建造物等放火)

現住建造物等放火
  • 奈良地方裁判所:合議2係A
  • 罪名:殺人、現住建造物等放火、窃盗、銃刀法違反

 控訴審の報道は以下の通り。

www.sankei.com

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奈良地方裁判所(撮影=櫛麻有)
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事件の概要

 住所不定(自宅を焼き払ったため)元会社員の竹株脩(しゅう・事件当時22)は無差別に人を殺そうと考え、2019年11月24日の夜、遅くとも午後10時37分までの間に奈良県桜井市の路上にて、山岡直樹さん(28=当時)の背後からナタ(刃渡り18.7cm、重さ527g)で首の辺りを数回殴りつけた。
 竹株は重傷を負った山岡さんを自車に乗せ、翌日25日未明にアパートの自室に連れ込み、山岡さんはもう死んでいると勘違いしたまま油とトイレットペーパーを着火剤として放火。山岡さんは焼死した。(死因は正確には窒息死となっている。多くの焼死は窒息した後に遺体が焼損することを指す)
 銃刀法違反はナタをみだりに携帯したこと、窃盗は被告人が山岡さんのスマートフォンと運転免許証を盗んだことによる。
 初公判にて認否を問われた竹株は「黙秘します」と一言だけ口にし、弁護人は無罪を主張した。山岡さんの父親は「なにが黙秘するの!」と怒りをあらわにした。

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争点と抽象的事実の錯誤

 争点は犯人性(本当に竹株が犯人か?)と殺人罪が成立するか、という2点である。
 犯人性についてはどう考えても竹株の犯行なので後述するが、殺人罪については教科書に出てくるようなシナリオをたどっているため、少し詳しく触れておく。
 まず、検察側は殺人既遂罪、弁護側は殺人未遂罪を主張している。というのも、主観的には被害者は死んでいたが客観的には生きていた、という認識のズレが生じていて、これを抽象的事実の錯誤という。この場合、多数説では客観的構成要件(行為と結果、そして因果関係)が重なり合っているため殺人既遂罪となる。本件でも既遂とされた。

どう考えても犯人は竹株

ナタの所持と被害者の追跡

 竹株は事件当日、ホームセンターでナタと刺身包丁と給油ポンプ、滑り止めのついた手袋を購入していた。足取りはカーナビのGPSの記録を中心に特定されており、犯行現場近くの公園にある防犯カメラでは被告人らしき男がうろついているのが複数回映っていて、しかも犯行推定時刻に車は止まっている。

車での連行

 車内にはタオルで包まれた刺身包丁と血のついたマスク、ブルーシート、給油ポンプ、これらの商品名が載ったレシートが残されていて、ドアノブには山岡さんの血液で竹株の指紋が付着していた。そしてなにより、リアバンパーを覆うような、血痕と呼ぶにはあからさますぎる量の血が付着していて、これも山岡さんのDNAと合致している。マスクについた血も山岡さんものであった。

被告人宅であること

 第2犯行現場と呼称されている被告人宅は、まぎれもなく竹株本人が単身で生活していた家。軽量鉄骨造2階建てで6室ずつ、間取りは3Kで当時満室であり、16名が居住していた。放火の際には住民が14名在宅していて、1階の住民が119番通報。被告人宅と隣室の計2部屋が全焼し、消火活動による水損でアパートは解体を余儀なくされた。再建しても事件現場であることから入居者が見込めないため、所有者と元入居者の計12名が厳罰を求めている。
 消防は火元を、遺体発見場所である和室中央と特定した。また、遺体は両脚が胴体から離れた状態で見つかった。法廷のモニターに遺体の写真が映し出されたのは衝撃的だ。モノクロに加工され、サイズを縮小してあったものの、遺体の写真が傍聴席から確認できる機会は少ない。

逃亡の準備と逃亡

 事件当日、竹株はローソンのATMで現金25万円を出金した。高額な買い物をした形跡がないため、逃走費用と思われる。
 放火後には近鉄線で京都駅へ向かい、新幹線で博多へ。博多市内では盗んだ被害者の運転免許証を使ってネットカフェを利用している。

当初の自白

 同年12月15日に橿原署へ出頭した竹株は当初、犯人であるとの自白をしている。自供書では犯行の計画と準備、具体的な状況を心境も織り交ぜながら詳細に供述しており、実際に体験していなければ到底語りえない内容となっていた。その後は黙秘したりと、供述が変遷するようになった。
 なお、所持品はナタと現金40円であった。ナタには山岡さんの血痕が残っていた。

不明な動機

 通常、通り魔犯は鬱屈していたりするものだが、弁護側によれば竹株は第一希望の会社に入社し、上司や同僚に恵まれ評価も高く、犯行の2日前には会社の人と麻雀をし、その翌日には妹の誕生日を祝っていたという。また、マウンテンバイクの大会にエントリーして後日参加予定であり、警察の捜査でも事件当日に京都まで練習に行っていたことがわかっている。
 そのため、弁護人は「黙秘にはなにか言えない真実があるのではないでしょうか?」と問いかけた。

初公判を終えて

 こんなに情報量が多いのにまったく意味のわからない事件はそう無い。
 まず、事件前日まで犯罪の兆候が無い。検察側も、初公判で「通り魔である」と述べただけで、動機については後日出廷する鑑定医に意見を譲るとした。また当日だが、同じホームセンターに2回入退店を繰り返して犯行に使われた品々を購入している。複数の店で購入して怪しまれないようにするなら筋が通るのだが。
 ちなみにイオンにも行っていて、同様に2回入退店してリュックサックを買っている。リュックを怪しむ人はいないだろう、それが逃走用であっても。しかし通り魔であることは確実で、愉快犯なのかもしれないが……それならなぜ博多に行ったのか。
 また、放火のために給油ポンプで車のガソリンを抜こうとして失敗している。なぜ刺傷する前に用意しなかったのか。予行演習をしなかったのか。
 加えて、血まみれの車をアパートの駐車場に止めたまま逃走している。これでは事件性を隠しようがないのは明白だ。
 法廷の竹株におかしな言動は見られなかった。

判決

 判決は、無期懲役(未決勾留日数220日を算入、ナタは没収)だった。
 全5回の公判でことごとく傍聴券が外れ続け、そのたびに柿の葉寿司を食べて大阪地裁へ移動するばかりであったが、なぜか判決は聴くことができ、謎が解けた部分は多々あった。ただし竹株が完全黙秘をつらぬいたために、その多くが『推認』であることに留意されたい。

裁判所が認定した事実

 竹株は遅くとも19年11月22日までに誰でもいいから人を殺そうと考え、自分と同じ身長の男を殺して自宅に火を放つことによって、焼死体が竹株自身であると装おうと計画した。重傷の山岡さんを自宅に運んだ竹株は、山岡さんがすでに死亡していると誤信し、トイレットペーパーに油を注いで火を放った。これにより、山岡さんは火炎暴露による熱性ショックで死亡した。
 山岡さんの運転免許証とスマートフォンを盗んだ理由は、本当の身元が発覚しないまま、竹株が山岡さんに成り代わって生きていくためであったとした。

犯人性について

 現場には多数の遺留物(山岡さんの唾液がついたタバコや肉片など)があったが、竹株につながるものは残されていなかった。本件の重要な争点が犯人性となったのはこれが理由である。つまりは実行犯が別の人物で、分担して犯行を行った可能性もあるわけだ。
 裁判所は次の間接事実から犯人が竹株脩であると結論づけた。

  • 犯行前にナタを購入していることから、襲撃の際に同じものを所持していたと推認できる。また、そのナタは出頭した際に持参したものと同一の物である。
  • 竹株の靴跡は徐々に山岡さんへ近づいている。同じ靴を履いた別人とは考えにくく、一連の行動がまったくの偶然ならばお互いに連絡を取る必要がある。
  • 血のついたブルーシートが載せられていた車は竹株の物で、カーナビに記録された時間から考えて、日頃から使用していたことからも、竹株が運転して犯行に用いたと考えられる。
  • 現金とリュックサックを購入したことは逃走の準備である。
  • 同月30日に福岡市内のネットカフェで山岡さんの運転免許証を使用し、出頭の際に持参した事実は、免許証を他の手段によって入手したとは考え難いと言える。

 以上により被告人の犯人性を推認した。

弁護側の主張について

 弁護人は、刺傷の状況が自白の内容と一致しないこと、防犯カメラの映像では竹株がナタを持っているように見えないこと、車の助手席に血痕があるのは不自然であること、1人で被害者を運ぶことは困難であること、という4点を主張した。
 しかし、刺傷の状況や血痕については竹株の供述と食い違う点が無く、不自然ではないと裁判所は判断した。自白調書では、ナタは長袖に隠していたと竹株が述べており、映像との矛盾は無いとし、1人で実行困難な犯行でもないと指摘した。よって、自白調書の信用性を認めた。

竹株の精神状態について

 精神鑑定を実施した医師は、竹株が特定不能のパーソナリティ障害であるとした。職場の上司や部下は、竹株がストレスを感じていたと証言したのだが、これによって性格の歪みが激しくなる(具体的にはこだわりが強くなる、など)と指摘した。加えて生い立ちに不幸な面があることと、一人暮らしの寂しさも影響したのではないかと証言した。
 これらの精神状態の中、竹株は別人に成り代わって新たな人生を送ろうと考えたのではないかと医師は推測した。

殺人未遂なのか殺人既遂なのか

 前述した抽象的事実の錯誤だが、やはり殺人既遂罪が認定された。法医学者によれば山岡さんはそのまま放置していれば8~9割の確率で失血死するという重篤な状態であったため、ナタで殴ったことに殺意を認定した上で、放火との因果関係を認めた。また、放火と殺人は包括一罪であるとした。全体として一つの罪ということになる。

判決の理由

 今回の事件でもっとも重視すべき点は無差別殺人であることで、人命軽視が甚だしく、悪質性が際立っているとした。重量のあるナタで何度も叩いた行為は冷酷で強い殺意が窺え、放火については周辺住民をも危険に晒し、消火活動ですべての部屋が使用不能になるなど被害は甚大となった。
 動機は判然としない(被害者に成り代わるという動機はあくまで医師の推測)が酌むべき事情はなく、生い立ちに不幸な面はあるが正当化できないし、反省もしていないため有期懲役では足らないため無期懲役が選択された。

説諭

 裁判長はかなり長めに話したのだが、要約すると、「上司や同僚の証言や、あなたの様子から、自らの犯した罪を正面から受け止めているように見えない。それができたとき、長いはずだった被害者の人生を知る」と諭した。

激昂する遺族

 結局、法廷で竹株が声を発したのは名前と年齢、本籍と住所、そして職業といった人定質問と、「黙秘します」だけだった。
 被害者の母はB4サイズほどの大きな遺影を持ってきていた。父は判決後、閉廷してから「竹株! こっち向いて謝れ!」と叫んだが、裁判長がすぐにたしなめた。
 これだけ愛されていた被害者の命を奪い、理由も謝罪も口にしない彼には無期懲役では足らないのかもしれない。

まさかの控訴審

 黙秘を続けたのだから、控訴については竹株自らが取り下げるものだとばかり考えていた。しかし、舞台は大阪高裁に移った。
 私は、黙秘をやめてなにか新しい事実を告白したから控訴審に上がったのかと期待したのだが、結局彼はなにも語らないままであった。
 弁護人は一審と同じような事実誤認を主張したが通らず、控訴棄却となった。
 今後も竹株は口を開かないままなのだろうか。

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