盗んだクリスマスツリーを娘に贈った両親(窃盗)

窃盗
  • 大阪地方裁判所:第6刑事部1係
  • 罪名:窃盗

夫婦で万引き

 2019年11月5日午前9時55分ごろ(防犯カメラの記録より)、大阪市鶴見区の大型商業施設にて、同市在住の夫妻(夫57歳、妻51歳)が箱入りのクリスマスツリーを万引き。妻の持っていたバッグへ入れた後に、一旦それを乗ってきた車に置いて、もう一度施設に戻り、今度はトースターを盗んだ。当初より万引きが目的で、この日の被害総額は8418円に上る。買い物かごを2人の体で挟んで隠し、周りを警戒するという手口が特徴だ。
 同月19日午前9時14分ごろ(同)、同じ施設の食料品売り場にやって来た夫婦は、同様の手口でレトルト米飯やカセットコンロなど、計16点(被害総額8858円)を万引き。ところが警備員に見つかり、店からは被害届が提出された。

クレプトマニア

 夫妻は10年から万引きを始め、11年には罰金50万円を科されている。ところがその翌年には妻が単独でも万引きを行うようになり、16年には妻に対して再び罰金50万円が科された。
 夫の「○○○(商業施設名)へ行こう」が万引きの合図であり、前科の多い妻は当初、同行することを渋っていたが、夫が説得。そうして万引きを再開したために、本件へと発展した。
 クレプトマニア(窃盗症)だと思った理由は、世帯収入が低く見積もっても月28.5万円はあり、妻が証言した支出17万円を余裕で賄うことができるからだ。また、10年にも渡り万引きを続け、刑事罰を受けてもやめられないのは病的なものとしか思えない。

家庭環境

 夫の母と兄、夫婦、長男(26)、次男(24)、長女(7)の7人で3階建ての持ち家に住んでいる環境であるが、特に夫の兄と次男の憤りは激しかった。
 夫の兄は、収入が手取りで16万円ながら、弟に合計で1050万円を貸しており、そのうち380万円が返ってきていないという。夫妻の家計は把握していないが、万引きについては8~10年前に察して当人たちに確認した。今回は警察官が自宅へ訪問してきて初めて再犯を知り、家族会議では「(もう)やらんといて」と今後のサポートについて話し合った。380万円の返済は求めないとし、また万引きしたら兄弟の縁を切る心づもりでいると語った。
 次男は5年間、自衛官を勤め上げ(おそらく任期満了)、現在は家財整理の仕事に就いている。「僕がなんの仕事をしていたかわかる? 国家を守る仕事なんだけど」と、両親を強く非難。ショックを受けたが、今後のサポートを約束する誓約書を提出した。

追い詰められた妻

 夫は大阪市環境局で勤務していたが、01年にうつ病を患った。06年には双極性障害に診断名が切り替わり、妄想や幻聴、感情の高ぶりであえなく退職せざるをえなくなった。
 質素な生活はできたが、長女にかかる金を浮かせたかったのが動機であると述べた。ところがその長女が生まれたために妻は「(前科があって)後がないから嫌だ」と抵抗したにもかかわらず、夫が押し切って共に万引きをした。
 働きたいと言った妻には、認知症の母の介護をしてほしくてこれに反対。裁判長から現在までに介護についてなにか方策を取ったのかと問われ、「なにもしていない」と返答。「公的サービスを受けることなどは考えなかったのですか」と厳しい指摘を受けた。
 この公判はいつもイヤリングがおしゃれなベリーショートの裁判官だったのだが、ずばずばと砕けた口調で問い詰める姿がいつも爽快だ。
 妻は家計について詳細に語った。いわく、『夫の障害年金(9万円)+長男の障害年金(発達障害で7万円)+次男からの入金(6万円)+祖母の老齢年金(5万円)+長女の児童手当(1.5万円)+=28.5万円 』であるという。(夫の障害年金以外は金額について証言が無かったため、最低額を推定)対して支出は、諸費用12万円+食費5万円=17万円である。
 万引きなどする必要は無かったのだ。ところが、夫は物にあたったり大声を上げたりするため恐怖の対象であり(声をつまらせながら語っていた)、様々な介護サービスを検討したがいずれも義母に嫌がられ、実際に仕事を探そうとしたがコロナウイルスの感染拡大で見つからず、果てには在宅起訴となった。貯金が無いため、長女の卒園・入学式にかかる制服代などの工面に悩んでいたという。
 夫からまた万引きに誘われたら離婚する決意をしているという。クリスマスツリーは娘が欲しがっていたのだが、検察官に「盗んだツリーをもらって喜ぶと思いますか?」と聞かれ、「いいえ」とか細い声で答えた。
 本件で次男に万引きについて知られたため、もうしないと言う妻に、裁判長は最後、「でも状況は以前と変わっていませんよね」と叩きつけた。
 最終陳述にて、夫は「次はもうないと思っている」、妻は「もう二度としないと誓う」とそれぞれ述べた。

結果

 検察側は、連携して万引きする手口が巧妙であり、公益侵害の度合いが強い。規範意識は鈍麻していて、再犯可能性が非常に高く、安易に犯行に及んだ意思決定には強い非難が値する。前刑から3年6月での再犯には更生の意欲が感じられず、被告人両名に、それぞれ懲役1年を求刑した。
 夫の弁護側は、被害額が少ないため公益侵害の度合いは小さく、病気の影響もあり、兄の監督を受けられること。前科が無いことから執行猶予を求めた。
 妻の弁護側は、自らが犯行に及んだ原因と今後について考えて行動しており、次男の監督が得られることから執行猶予を求めた。
 結果は、夫に対し懲役1年執行猶予3年、妻に対し懲役1年執行猶予4年となった。
 2週間の間に、2度万引きに及ぶという短期間での犯行で、被害額が比較的大きく、その意思決定に強い非難が値するが、息子の監督が期待できることから今回の量刑となった。
幼い娘がクリスマスツリーの真実を知るときがやがて来るかと思うとぞっとする。

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