京アニ事件について「先にやられた」大阪地検庁舎内放火殺人未遂(生駒勝弘)(殺人未遂)

建造物侵入
  • 大阪地方裁判所:第13刑事部合議係、裁判員裁判
  • 罪名:殺人未遂、建造物侵入、威力業務妨害
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大阪中之島合同庁舎の入り口。エントランスまで点々と燃料が垂れていた。

 報道は以下の通り。

www.sankei.com

検察庁の職員を焼殺しようとした男

 松原市の無職、生駒勝弘(77)は検察庁職員、より具体的には検事などを焼殺しようと考え、2019年9月5日午後0時30分ごろ、ガソリンを主成分とする混合燃料とライターを持参して上記のエントランスより庁舎内に侵入した。しかし、中身が漏れている燃料入りの箱を不審に思った警備員が立ち入りを制止。あえなく生駒は入り口付近のベンチに座った。
 遠巻きに対応を協議した3人のうち1人が箱の中身を尋ねに近寄ったところ、突然被告人は3.72Lの燃料を2回に分けて広範囲に撒き散らし、殺虫スプレーを噴射した。そして背広の外ポケットに入っているライターへ手を伸ばしたところを取り押さえられた。(殺人未遂)
 また、警備員の1人が燃料に足を滑らせて転倒した。(威力業務妨害)
 建造物侵入については、「面会の強要」「爆発物持ち込み禁止」の掲示があるためである。
 生駒は犯行をすべて認めた上で、「過去に不当な裁判を受けたため、裁判所と検察に抵抗権を行使した」と主張。罪については認めず、正当な行為であるとした。弁護側は警備員への殺意は無かったとし、殺人の準備に争いは無いものの、憲法上の抵抗権の行使であると述べた。(抵抗権については後述)

殺人前科2犯の男

 元暴力団員である生駒はありとあらゆる犯罪に手を染めていた。以下はほとんどが1970~80年代の前科前歴である。
 前歴は公務執行妨害や傷害を含む3件を有し、恐喝で懲役1年6ヶ月の実刑に。出所後、傷害と恐喝未遂で懲役10ヶ月の実刑。そして銃刀法・覚醒剤取締法違反で懲役8ヶ月。極めつけは、殺人により懲役9年に処せられた。
 しかし更生はならず、傷害で罰金5万円、器物損壊と威力業務妨害で懲役1年2ヶ月の実刑に。その後、債権者を射殺した罪で懲役19年を1997年3月に言い渡され、翌年2月に最高裁で確定した。(おそらくは棄却)
 生駒は服役中も職員の頭を文鎮で殴り、傷害と公務執行妨害で懲役2年8ヶ月が課され、今度は職員の顔面を殴ったため同罪で懲役2年4ヶ月が加わった。結果として彼は約24年ものあいだ獄中にいたことになる。
 生駒の前刑について全国紙のバックナンバーを調べたが、暴力団華やかなりし頃で被告人の名前がイニシャルによる表記のため、調査が行き詰まってしまった。こういうときにフリーである自分の力不足を感じる。

刑務所の中で「抵抗権」を知った

 抵抗権の教科書での初出は中学社会科だと思う。ジョン・ロックの思想だ。アメリカ独立戦争やフランス革命の理論的根拠となった抵抗権は、政府による不当な権力行使に人民が抵抗する権利とされている。
 生駒の場合、懲役19年となった射殺事件の裁判が不服であったようで、再審請求を何度も行っていた。憲法や刑事訴訟法の本を読み、知識を身に着けていたという。
 しかし、再審の開始に必要となる新たな証拠を検察に開示請求するもことごとく退けられ、ついには刑期を満了した。
 出所した彼はなおも開示請求を続けたが、3回目の請求で「今後は返答しない」旨の通達があり、彼は混合燃料を購入して犯行の準備に入った。
 ちなみに記者会見を開こうとしたがマスコミは集まらず、森友学園の裁判の傍聴席にて声を上げたりもしてなんとか注目を集めようとした。(知り合いの記者の目撃談あり)

放火の準備

 混合燃料の存在を知ったきっかけはシルバー人材センターだった。草刈り機に使うこの類の燃料はホームセンターなどで容易に手に入ることを知り、民放の番組でガソリンの炎と人が走るのはどっちが速いかという企画を観て、「完璧だと思った」と放火を決意した。
 自宅では灯油を用いた実験もしたが満足いかず、松原市内のホームセンターで購入した混合燃料での実験では「いける」と思ったと語っている。検察はこの実験から強い計画性を主張した。
 ちなみに、混合燃料に関する一連の動きは「京都アニメーション放火殺人事件」の数ヶ月前の出来事である。(生駒の京アニ事件に対する認識は被告人質問のくだりで紹介する)

犯行前日

 実は前日が決行日だったのだが、生駒は近鉄線で阿倍野橋駅に降り立つと、気分が悪くなったため、JR天王寺駅のコインロッカーに混合燃料を預けて帰った。
 混合燃料は円柱状の黒いプラスチック製ゴミ箱に移し替えてあり、食品用のラップを二重にかぶせてある。これは効率よく撒くためであると検察は殺人との密接性に関連して主張していた。実際、法廷で流れた防犯カメラの映像ではかなり広範囲にかつ大量に燃料が撒かれていたため、妥当な主張と思われる。

犯行当日

 翌日、再び天王寺駅に来た生駒は店で飲酒し、「しんどくなった」ためタクシーで庁舎に向かった。
 所持品はロッカーから回収した混合燃料に加え、引火性のある殺虫剤3種、スズメバチの巣を駆除できる折りたたみグリップ付きの大型殺虫剤、刃渡り4cmほどの折りたたみナイフ、そして遠くに火をつけられる引き金式の簡易ライターである。逮捕後のために下着類までも持参していた。
 しかし、庁舎に入ったところで警備員に「これなんですか?」と液体漏れを指摘されたため仕方なくベンチへ。そして冒頭でお伝えしたとおり、スズメバチの駆除剤を噴射したりした生駒はあえなく取り押さえられたのである。防犯カメラでは2分30秒後に警察が臨場し、7分後に応援と消防隊が到着した様子が克明に記録されていた。ライターに伸ばした手は、指先がポケットの口まで届いていた。

荒れる法廷

 公判の冒頭、生駒は「裁判官、裁判員のみなさん。いくらでも質問してください」と啖呵を切り、裁判長は「被告人質問の時間を考えられないくらい取ってあります」と配慮を示した。こんな裁判は初めて見た。
 しかし、生駒は裁判の進行中に不規則な発言を連発した。なにしろ目の前には宿敵とも言える検察官がいるからだ。ちなみに、裁判を担当するのは通常、検察庁の公判部の人間だが、なぜか特別公判の検事が来ていた。特捜部が動いた事件を担当するエリートである。やはり身内がやられそうになったからだろうか……。
 弁護人は被告人質問に先立って、「わかってはいるが、検察官の質問と裁判所からの質問を入れ替えてほしい」と無理を承知で要請した。先に検察官からの反対尋問を食らうとヒートアップしてしまうのは目に見えているからだろう。結局、却下されたが。
 弁護側の主尋問ではむしろ清々しいほど正直に生駒は答えていた。抵抗権を行使するため、最低1人は殺そうと思っていたという。
 さて、検察側の質問に入ろうとすると、生駒は「こっちの質問を先にさせてくれたら答える」と言い張り、当然ながらそれは裁判に関係ないため、黙秘権の行使という扱いになり、検察の取り調べの様子を映したDVDを再生することとなった。
 検察の取り調べは和やかな雰囲気で進められており、ところどころで笑い合ったりしていて生駒のことがよくわからなくなった。
 京アニ事件のように自分に炎が来るとは考えていなかったが、死んでもいいと思っていたそうで「自分は一回死んでるからね」と苦笑していた。服役のことだろうか。
 また、検察官が「(京アニについて)先にやられたとか思わなかったの?」と問うたところ、「ちょっと思いました(笑)」と答えていた。
 裁判所からの質問だが、生駒が望んだように裁判員から直接質問することを今回は避け、裁判員からの質問もまとめて裁判官から尋ねる形式となった。このような対応も初めて出くわしたが、生駒のように激高しやすい被告人を相手に裁判員が精神的に乱れるのを避けたかったのだろう。
 とはいえ裁判所からの質問というのは通例補足的なものなので、「京アニのようになるとは思っていなかった」という生駒の発言が唯一目新しいものだった。

結果

 検察側は殺人予備罪に争いがない上、混合燃料を撒きやすくしてライターもポケットに準備していたことから殺人に密接していることを指摘。証拠開示の却下は検察庁と裁判所が別個に判断しているため恣意的なものでなく、今回の犯行は身勝手極まりないものであり、計画性がある。無差別的であり、遵法意識の欠如が甚だしいとして、懲役18年を求刑した。ほぼ殺人既遂の量刑である。
 弁護側は混合燃料を撒いたのは警備員に向けてでなく床であることから殺意は無い。燃料を持ってきた以上、火をつけてマスコミに注目してもらおうと考えただけだったと主張した。
 結果は、懲役12年(未決勾留日数390日を算入)だった。
 判決が出たとたん、生駒は体を動かして刑務官になにやらしようとしたため、即刻退廷を命じられた。
 出所後は90歳手前となるが、獄中でもまた再審請求をするのだろう。せめて、本当の意味の勉強をして、更生に努めてもらいたい。

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