バイクで警察官をひきずった1520m(永野莞太)(殺人未遂)

公務執行妨害
  • 大阪地方裁判所:第12刑事部合議C係、裁判員裁判
  • 罪名:殺人未遂、公務執行妨害、道路交通法違反

(※実際に1520mを歩いて動画撮影しました。)

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無免許の発覚を恐れて暴走

 2022年4月22日午後11時20分ごろ、東大阪市の路上で信号待ちをしていた同市・建設作業員の永野莞太(23)に警察官の男性Aさん(33=当時)が声をかけた。永野の乗っていた普通自動二輪車(マジェスティ)はナンバープレートが跳ね上げられていて、Aさんは経験から、永野が無免許運転をしているのではないかと疑っていた。バイクが盗品である可能性もある。
 職務質問に気づき、無免許運転の発覚を恐れた永野はその場から逃走を始めた。Aさんはブレーキやエンジンキーに手を伸ばそうとしたが届かず、永野の胴体をつかんだが速度を上げ始めたために離した。
 ところが、Aさんの身を思いも寄らない事態が襲う。拳銃の吊りひもであるカールコードがタンデムバー(後席の人がつかむ部分)に引っかかり、体がバイクに引きずられ始めたのだ。バイクは蛇行したり歩道に進入したりを繰り返しながら1520mを最高速度67km/hで暴走。Aさんはろっ骨2ヶ所を折るなどの重傷を負ったが、カールコードが外れてうずくまっているAさんを永野は救護せず、出頭することもなく数日間逃走を続けた。
 初公判で永野は「殺意をもって相手の人を引き回したのは違います」と殺人未遂については否認。弁護人は、Aさんを引きずっていることに気づいたのは停車してカールコードが外れたときであると主張した。対して検察側は、殺害する認識があったと主張し、裁判の争点は殺意の有無となった。

実際に現地を撮影してきました。
現地で1520mを実際に体感してきました。倍速でお送りします。
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「いや、あれ人や!」

 引きずっている様子は10ヶ所以上の防犯カメラに映っていて、火花が散っている場面さえあった。深夜ではあるが複数の目撃者がいる。110番通報が2回、119番通報が1回記録されていた。

バイクの後方を走っていた車の運転手

「布施駅の方向から車で南に進んでいました。バイクに2人乗っているように見えたのですが、後ろの人が落ちて、同乗者は『人形落ちたんかな』と言いました。私は『いや、あれ人や!』と気づきました。ヒモのようなものが引っかかっているのが見えました。私の車の後方から来た単車がバイクを止めようとしたのですが、バイクは車道と歩道をフラフラと走り続け、ふりほどこうとしているように見えました。信号を無視して逃げたので、やむを得ずそのまま単車と追いかけました。そのうちバイクと単車を見失ったのですが、路上にぼろ切れのようなものを見つけました。その近くに下半身が裸の被害者が倒れていて、『痛い、痛い。110番して』と頼んできました」

引きずっている様子を見た歩行者

「コインランドリーの近くでバイクが目に入り、若者がふざけているのかと思いました。ところが引きずられているのは警察官だと、制服でわかりました。蛇行しているというよりもバランスを取ろうとしてフラフラしているように感じました。警察官が『怖い、怖い』と言っているのが聞き取れました。黒い長財布が落ちたので拾ってコインランドリーの出入り口付近に置き、巡回中の警察官を見つけて事情を説明しました」

目撃現場となったコインランドリー

医師が「生き地獄やな」と漏らした入院生活

 Aさんは地域課の巡査部長で、公園にたむろしている少年たちに職務質問をしていた。マフラーの爆音が聞こえ、信号待ちをしているバイクが改造車ではないかと近づいた。ナンバープレートの跳ね上げも気になった。
 気づかれぬようバイクの後方から近寄り、左手首をつかんだところ、永野は振り向いた。しかし、あわてて前を向いたかと思うとバイクを急発進させた。

Aさんが職務質問しようと声をかけた交差点

 22年11月28日、事件から半年ほど経って開かれた初公判に、Aさんは松葉杖をついて証言台に立った。証人は通常、立って宣誓をするが、ケガを考慮して座ったままの宣誓となった。Aさんは事件当時の記憶を証言した。
 腰を引っ張られたAさんは路上にうつぶせの状態で倒れた。顔の右側でカールコードが伸びているのが見え、引っ張ったが外れずに引きずられた。白いポールがものすごいスピードで迫ってきた。

事件によるものと見られるへこみが残ったポール

 証言のためにはどうしても恐怖の瞬間を思い出さなければならない。Aさんは時折声を詰まらせながら証言を続けた。
 Aさんは「止まってくれ! 死ぬ!」と言ったがバイクは止まらず、コードをつかんであおむけに身をよじった。最初は痛いとしか思わなかったが、「俺、今日死ぬんや」と冷静になると、頭の中で浮かんだのは母の顔だった。
 涙混じりに証言するAさんに、検察官が「ゆっくりでいいですよ」と声をかけた。危険な目には慣れているであろう警察官が、法廷で泣くとはよほどの恐怖に違いない。少し落ち着いたAさんは引きずられたときの状況を続けて証言した。
「こんなんで死んでられへんやろ」と必死にあおむけの姿勢を取ったAさんだったが、バイクが赤信号の交差点に突っ込もうとして、「怖い!怖い!」と叫んだ。

バイクが信号を無視して左折した交差点。交通量はそれなりに多い。

 どれだけ走ったかわからないが、気づくとバイクが停車していた。また発進されると死ぬと思い、カールコードをなんとか外したが、立ち上がれなかった。永野は一言も発さず走り去った。ズボンや靴、パンツがすべて脱げていた。
 翌日、痛みで目覚めるとベッドの上だった。身体中に包帯が巻かれていて、動かせるのは左腕だけだった。感染症を防ぐため毎日洗浄が行われたが、そのたびに激痛が走る。医師の「生き地獄やな」という会話が廊下から聞こえてきた。削れた左足のかかとが腐敗した場合、切断の可能性もあった。100%は回復しないとも言われた。
 法廷のモニターには、逃走の激しさを示す写真が映し出された。ボロボロになって白い布地が見えている紺色ジャンパー、バックルが脱落したベルト、タイヤ痕が残る白ヘルメット。法医学者は「防刃チョッキが無かったら臓器への損傷もあり得た。首への外力で頸椎が損傷したり、カールコードが絡まって窒息死する可能性もあった。被害者が日頃から体幹を鍛えているのも幸いしたのでは」とコメントしている。
検察官「同じ服装で警察官以外の人と間違えられたことはありますか」(永野は職務質問に気づかなかったと供述している)
Aさん「ありません。それに、周辺はそれなりに明るかったです」
検察官「引きずっていると気づかない事情に心当たりはありますか」
Aさん「ないです。普通に逃げるだけなら歩道に入ったりせず、車道を走って狭い路地に逃げ込むはずです」
 Aさんは現場復帰を望んでいる。一番市民に近しい存在で、頑張るほど目に留めてもらえるし、犯罪の発生を抑止できるから、とAさんは理由を語った。ただ、夜間、バイクに職務質問している警察官を見ると体が震えてしまうという。
検察官「現場に影響はありましたか?」
Aさん「同僚が『お前も引きずったろか』と言われたそうです」
検察官「被告人になにか言いたいことは」
Aさん「許せないですが、今はただただ反省してほしいです。警察官だから偉そうかもしれませんが、無免許や改造や不出頭も軽率で、無責任で自分勝手だと思います。家庭にも向き合ってほしいです」(永野の家族は証拠隠滅や身代わり出頭などを働いている)
検察官「裁判官、裁判員へ言いたいことはありますか」
Aさん「はい。ケガをしたのは今回が初めてですが、一歩間違えたら……ということは多いです。普段ケガをしないのは訓練のおかげです。最近は職務質問をしても『任意やろ』と返してきたり、制止を振り切ってくることも増えました。秋田の事件(※)と自分を照らし合わせてしまいます。警察官は常に危険と隣り合わせです。『知りませんでした』で逃げ得にはなってほしくないです。『なんでこんなケガせなあかんねんやろ』と思います。簡単に逃げられる空気になってほしくないというのは、頭に置いておいてほしいです」

エラー - NHK

(※Aさんが言及した秋田の事件)

苦しい言い訳

 永野は15年11月3日に無免許運転で検挙されている。当時15歳だ。その後はバイクを盗んで保護観察処分を受け、17年に再びバイクを盗んだため少年院に入った。事件当時に乗っていたマジェスティは買ったばかりで、スピーカーや派手な電飾を着けていた。当然のごとく、免許は取得しておらず、無保険・無登録で車検も受けていない。
「警察官だと気づかなかった」という供述を永野は自ら翻そうと考え、「取り調べてほしい」と求め、録音録画された環境で「気づかなかったというのはウソ」と供述した。ところが、公判を前にしてまたもや「気づかなかった」と主張し、法廷では録音された供述を「覚えていない」とした。
 逃げたのは〝ヤカラ〟が追いかけてきて怖かったからだと永野は言い始めた。引きずっているのを止めようとしたバイクのことである。〝ヤカラ〟は暴力的なタイプで、スピーカーの音がうるさくて追いかけてきたと思った、という。警察官は関係ないとした。
 しかし、初公判では「引き回したというのは違う」と否認していた永野だが、被告人質問の段階で急に「人を引きずっていた認識があった」と自白した。これには弁護側も動揺していた。
検察官「逃げているときにバイクがおかしいことに気づかなかった?」
永野「交差点を左折した後に冷静になって、タイヤかエンジンがおかしいことに気づきました」

ガソリンスタンド付近でタイヤを確認した

検察官「停車したときに人を見ていないの?」
永野「ヒモを外しましたが人は見ていません」
検察官「その後は?」
永野「人が横たわっていて頭が真っ白になりました」

Aさんが解放された路地

検察官「まず安否を気にしないの?」
永野「意味がわからなかったです」
検察官「事件後、ズボンを履き替えたりバイクにカバーをかけたりしてますね」
永野「はい」
検察官「状況わかってるじゃないですか。冷静に判断できてませんか?」
永野「そうですかね」
 しまいには「自分でもなにを言っているのかわからない」と、検察官の追及に永野は泣き始めた。
 Aさんは被害者参加制度を利用して、直接永野に質問した。
Aさん「事件から逮捕までの心境はどうでしたか」
永野「警察官が大ケガをしたと知って、気が気じゃなく、警察官が心配で眠れなかったです」
Aさん「事件後の行動に心配が伝わってこないんですが……出頭しなかったのはなぜですか」
永野「仕事とか……母親のややこしい人たちがいて」
Aさん「私の証言を聞いてどう思いましたか」
永野「〝生き地獄〟というのを聞いて……し、死ぬので満足なら今すぐ首をつります」
 永野は涙ながらに謝罪を始めた。裁判員からは家庭の事情を質問され、母からの虐待で抜毛症になったことや、義理の父親が5回も変わっていることなどを話した。

現場で感じたこと

 判決は、懲役10年(未決勾留日数中140日を算入)であった。永野は警察官を引きずっていることを認識していたとし、重傷の被害者を目の当たりにして走り去る行為は極めて悪質だと指摘した。被害者は肩甲骨骨折など加療6ヶ月を要する大ケガを負い、復職が困難であることも言及した。
 不合理な弁解を非難した一方で、まだ若年であることを考慮して量刑が決まった。

 裁判所は、歩道を走行したのは振りほどくためであると認定した。現場を見ると確かにわざと侵入したのだとわかる。

車道は広い

 永野はバイクをうまく制御できずに歩道へ入ったと主張していたが、ポールがある歩道を選んで走行したとしか思えない。

このようにポールが点々と立っている

 傍聴を続けていると、警察の印象が複雑になってしまう。違法な証拠収集、苛烈な取り調べ、捜査ミス等々……。だが、一番大変なのは現場の警察官だと改めて気づかされた事件であった。

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