「私はマスクを着けません」未着用が生み出した3つの事件(奥野淳也)

公務執行妨害
  • 大阪地方裁判所:第6刑事部合議係(千葉県、茨城県での事件も併合審理)
  • 罪名:航空法違反、傷害、公務執行妨害、器物損壊、威力業務妨害

(※12月14日、一審で有罪判決。被告本人へのインタビューは以下リンクよりご覧ください)

第4回公判後、取材に応じた奥野被告。(撮影=櫛麻有)
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千葉、茨城そして本州上空でマスク未着用がトラブルに

 2020年9月7日午後2時ごろ、釧路発関西空港行きの旅客機内でマスクの着用を拒否していた元大学講師の奥野淳也被告(35)は、客室乗務員の腕をつかんでねじ上げ、加療2週間を要する捻挫を負わせた。(傷害)
 旅客機は新潟空港への緊急着陸を余儀なくされ、関西空港への到着が予定より2時間16分遅れた。(航空法73条の4第5項「安全阻害行為等の禁止」の定める命令違反)
 21年1月19日に大阪府警は茨城県取手市の被告人方において捜索差押えを実施。その際、奥野被告は捜査員に対し、タブレット端末で叩く、足の甲を踏む、といった暴行を加えた。(公務執行妨害)
 捜査員は現行犯逮捕を検討したが、家宅捜索を続行。開始より約1時間後の午後2時42分に逮捕状を示し、通常逮捕した。もみ合いの途中で捜査員の着けていた眼鏡が破損した。(器物損壊)
 同年4月10日には千葉県館山市の飲食店にて、マスクの着用を求める店員に「なんだその口の利き方は。俺は客なのに」と大声を上げて拒否。仲裁に加わった客ともみ合いになり、通報を受けた警察官に現行犯逮捕された。
 22年5月17日の初公判で、奥野被告は「ピーチの誤った判断で降ろされた。無罪です。暴行はしていません」と、以上の公訴事実をすべて否認した。

被告本人による意見陳述の再現

 弁護側は、一連の事件は社会の不理解によって生じたと指摘。客室乗務員に対する暴行は無く、命令書の交付が無かったため航空法違反にあたらないとした。
 公務執行妨害については、事件と無関係な銀行通帳などを差し押さえようとしたことに抵抗したのみであるとした。
 食堂での事件も、威力を用いておらず、客の違法な有形力の行使(乱暴な取り押さえ)に対する正当防衛と主張した。

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ピーチ・アビエーション機内で起きたこと

ノーマスクで問題なかったジェットスター

 事件約1週間前の20年8月29日、奥野被告は成田発新千歳行きのジェットスターを利用した。チェックインや保安検査で誰もノーマスクを指摘する人はいなかった。
 出発ロビーで待っていると、館内アナウンスで「マスクを着用できない理由がある方はカウンターまで」という要請があったため、奥野被告はタブレット端末で着用できない理由を書いて、係員に示した。
係員「わかりました」
 客室乗務員に連絡が行き届き、ジェットスターでマスク未着用が問題になることは無かった。

離陸前

 20年9月7日、ピーチ航空APJ125便は濃霧のため釧路空港からの出発が20分遅れていた。午後0時35分に搭乗を開始。目的地は関西国際空港だった。
 ジェットスターのことがあったため、奥野被告は事前にピーチ航空のホームページを調べたが、「マスクの着用をお願いする」としか書かれていなかった。実際、チェックインから保安検査まで問題なく進み、搭乗の係員もノーマスクを指摘しなかった。
 主任のキャビンアテンダントであるチーフパーサーのBさんは、普段通りに安全阻害行為についてアナウンスした後、マスクの着用を要請した。持っていない場合は渡すことも伝えた。
 ところが、他のCAから「マスクを着けていないお客様がいらっしゃいます」との連絡を受け、マスクを持っていくよう指示したところ、「着けないとおっしゃっています」。着けられない理由を聞くも「着けないです」の一点張りだった。
 そこで、Bさんは自ら理由をたずねに行ったが、「だから着けないと言っているでしょう!」「書面を用意しなさい」「ジェットスターでも書いたので」と奥野被告は少し興奮気味に答えた。
 そして、同じ列の窓側に座っていた客と奥野被告が口論に。客の「気持ち悪い」という発言に「侮辱罪だ!」と奥野被告は応じ、機内は騒然となって、こわがる客もいたため、Bさんは機長と地上係員に連絡を取った。
 双方から「座席を移動させて出発するように」と指示されたが、「それはしません」と奥野被告は応じず、窓側の客だけが最後列へ移動した。
 騒動が一段落し、奥野被告自身も「早く出発して寝たいので」と落ち着いた様子だったため、ようやくドアクローズとなった。Bさんの体感だが、普段より30分以上の時間がかかった。

奥野被告の視点(離陸前)

 CAからマスクの着用を求められた場面で、客席同列の窓側に座っていた客は「マスクしーや」と奥野被告へ呼びかけた。「あなた関係ないですよね」と応じると「出発できへんやないか。一緒に乗られへん。このご時世に信じられへんわ」と口論になった。奥野被告は「注意してください」とCAに求めたが対応は無かった。
 Bさんに「マスクをしないと出発できません。お客様を残して飛び立つことになります」とまで言われ、奥野被告の脳裏をよぎったのは、モンゴメリーでのバスボイコット事件だった。1955年、バスの白人優先席に座っていた黒人が逮捕されたことに端を発するボイコットである。
「必要な書類があるならば書きます」と奥野被告はジェットスターの件を念頭に、書面の作成に取りかかった。機内が騒然となり、健康上の理由を口頭で伝えるのはためらわれた。ところが、Bさんは「健康上の理由があったらマスクを着けなくていいと誰が言ったのですか」と突っぱねた。

新千歳上空

 離陸した航空機だが、機内ではCAが通路を通りかかるたびに、奥野被告が呼び止めて主張を繰り返していた。そこで、奥野被告を後方ギャレーへ呼び、CA3名で対応することとなった。内容としては、離陸前に移動した窓側の客へ謝罪を要求するというものである。
 この間、機内サービスは実施できず、機内の確認がまったくできない状況であった。Bさんは「これ以上続けると機長に報告します」とインターホンを取った。すると奥野被告は「この抗議は撤回します」と言い残して自分の席に帰った。インターホンでは機長が「もし状況が続くようであれば新千歳空港に降りると伝えてください」と返答した。
 Bさんは座席へ新千歳の件を連絡した。しばらくすると、奥野被告はBさんのいた前方ギャレーにやって来て抗議。「あなたの対応は間違えている」と職権乱用を訴えた。Bさんがインターホンをつかむと「命令書と警告書を手交してください」と機長が指示した。
 席に戻っていた奥野被告へ命令書を渡すと、くしゃくしゃにして投げた。命令書はシートポケットに入れても有効であるため、Bさんがポケットに手をかけると、左腕をつかまれ、反時計回りにひねられた。
 命令書が先か、警告書が先かについてはCAの間でも証言が食い違っている。
 CAは、奥野被告がペンで命令書を叩いたと認識しているが、奥野被告の主張では「(ペンで指して不備を)指摘した」。

お客様の以下の行為に対し、航空法第73条の4 第5項に基づき、当該行為を反復、又は継続してはならない、と命令します。
□乗降口又は非常口の扉の開閉装置を操作すること
□化粧室で喫煙すること
□乗務員の職務を妨害し、航空機の安全の保持等に支障を及ぼすおそれのある行為をすること
□禁止された電子機器を使用すること(機器名:           )
□指示に従わず、座席ベルトを着用しないこと
□指示に従わず、座席の背、テーブルなどを元の位置に戻さないこと
□非常脱出の妨げになる場所へ手荷物を放置すること
□消火器、非常用警報装置、救命胴衣等を操作・移動又は機能を損なう行為をすること

国土交通省HPより引用

「乗務員の職務を妨害し……」にチェックが入っていたが、ピーチ航空の使用している命令書には行為の内容を具体的に書く記入欄があり、その欄が空白のままだったのだ。(これは証拠物として残っている)
 また、奥野被告が座席のテーブルを使用していたかについてCAの間で証言が食い違っている。シートポケットの一連の流れは、当日のピーチ航空の機材を考えると、テーブルを使っているとどうやってもポケットに手が伸びない。それで不便な思いをしたユーザーも多いのではなかろうか。

奥野被告の視点(離陸~緊急着陸)

 CAの証言と被告人質問を照らし合わせると、発言の有無や解釈の不一致など、コミュニケーションがうまく取れていたとは言いがたい場面の多さに驚く。職権乱用とは言っていないと奥野被告は主張するし、CAの指示についてはマスクを着けることだと思っていたが、Bさんの証言では席の移動を指していた。
 命令書に関しても奥野被告は、意図的にくしゃくしゃにしていないと述べた。リュックサックに命令書を入れて持ち帰ったが、ファイルに挟んだかどうかは覚えていないという。被告人宅から押収された命令書にはシワを伸ばしたような跡があった。
検察官「(写真を示して)シワを伸ばしているように見えるのですが」
奥野「シワ寄ってないですよ」
 シワの確認が何度も繰り返されたが、リュックサックの中で他の荷物に押しつぶされた可能性を否定できない以上、あまり意味のある質問とは思えなかった。
 Bさんに体が接触したことは一度も無い、と奥野被告は強調した。

緊急着陸

 Bさんが機長に「腕をひねられました」と報告すると、しばらくしてCAに着陸の合図が送られた。「関空にしては早いな」と思っていたら、これは新潟空港への緊急着陸だった。
 証人として出廷したCA全員が、緊急着陸を認識していなかった。ここには、母国語が英語でない外国人機長とCAの間で意思疎通に齟齬が生じたのではと考える。実際に、弁護側の質問は英語のレベルなどを丹念に確認していた。CA自身は質問の意図がわからず、意図を尋ねるような場面があった。実はこういった尋問は大変テクニカルなのだ。
 地上係員2名と警察官によって奥野被告は降機させられたが、彼は機内へ戻ってこようとした。「一度降りられたらセキュリティーのため乗れません」と言うも無理やり入ろうとするため、全身で搭乗口をふさいだ。体が接触した奥野被告は「暴力ですよね」と主張していたという。
 降機する奥野被告へ客からは「バイバーイ」や「マスクぐらいつけろや」といったヤジが飛んだ。CAは客を制止した。

事件後のBさん

 Bさんの証言はビデオリンク方式といって、別室から音声のみでの証言となった。双方の姿を確認できるのは裁判官・検察官・弁護人のみである。
 というのも、Bさんは精神的苦痛で1年間フライトできなかった。電車などの人が多い場所が不安で、嘔吐や吐き気に見舞われ、特に男性が怖くなったという。
「どれだけ多くの人に迷惑をかけたのか。自分のことをしっかり考えて反省して。謝罪しない限りは許せない」最後に検察官から被害感情を聞かれ、Bさんは堰を切ったように訴えた。
 だが、ピーチ航空のオペレーション統括本部長の男性は労働災害の認定が下りていないと証言した。捻挫でも後遺障害としてのうつ病でも、対象となり得るはずで、不可解な点のひとつだ。

リモート講義中の家宅捜索

 ピーチ事件の翌年である21年1月19日正午すぎ、茨城県取手市の被告人方において捜索差押えが実施された。捜査員は関西空港警察から1名、大阪府警の捜査一課より4名の計5名である。
 捜査員は事前に、奥野被告の勤務先の大学へ授業のスケジュールを確認したが、大学側は「把握していない」という旨の回答をした。奥野被告はこのくだりで首を大きく振っていた。
 オンライン講義中だったが、捜査員はそれを知らずに捜索を開始。奥野被告は事件後に購入したものだとしてタブレット端末の、生活できなくなるとして預金通帳の押収をそれぞれ拒否し、押し問答が始まったため、屋外で待機していた捜査員も駆けつけた。
 写真に残っているのだが、床には物が散乱している状況だったため、捜査員がカップラーメンを踏みつけてしまい、「どないしてんねん。食べられへんやろ」と奥野被告が非難する場面もあった。
 現場は白熱し、奥野被告が捜査員の眼鏡のテンプルを折って投げる事態へと発展した。公務執行妨害での現行犯逮捕も話し合われたが、捜索差押えをもう一度やり直すことになるため見送った。
 同日午後2時42分、執行官が逮捕状を示して奥野被告を通常逮捕した。
 弁護側は、大阪府警の柔道場で行われた再現実況見分と、現場の状況を記録した写真に食い違いがあることを追及。公務執行妨害と器物損壊の容疑で、捜査員に対しても供述調書が取られているが、この作成過程に不備があることも最終弁論で触れられることとなった。

奥野被告の視点(家宅捜索)

 奥野被告が捜査員の眼鏡をつかんでしまったのは確かだが、故意でないことは互いに理解していた。押収の対象を確認するため、捜索差押え令状を捜索中にもう一度見せてもらったが、読み終える前に「もうええやろ」と取り上げられてしまった。
 その他、警察官が公務執行妨害での逮捕を考えた一挙手一投足を、それぞれ否定している。

館山市の食堂にて

始まって間もないランチタイムに

 21年4月10日午前11時半すぎ、大盛りの天丼で有名な飲食店はほぼ満席だった。
 満席といっても、事件に居合わせた客は11人。小さな店舗だ。
 当時は新型コロナによる緊急事態宣言が解除されていたが、千葉県は引き続き、黙食・換気・手の消毒・体温測定、そしてマスクの着用を要請しており、店はすべてを実施していた。「おいしくない料理になるかもしれないが、お客さんに安心してもらうように」と、店主の男性は証言台で当時の思いを振り返った。
 接客を担当しているパート従業員の女性Aさんは、客が来店すると、その都度「マスクを外したときにはお話できないことになっています」と説明していた。ところが、奥野被告の来店時はちょうど洗い物をしており、着席した被告人の元へあわてて向かった。普通の表情をしていたため、Aさんは「マスクを着けるのを忘れているのかな」と思った。しかし、「マスクをしてください」と伝えると、返ってきたのは「マスクはしません」という一言だった。
 Aさんは険しい表情の奥野被告に後ずさりした。証言中、涙声が混じり始め、検察官に理由を聞かれると「思い出すのも怖いです。記憶を戻そうとすると頭が痛くなります」と訴えた。
 Aさんの証人尋問では、遮へい措置といって、裁判官・検察官・弁護人以外にはAさんの姿が見えないようについたてを設置していた。そのため、弁護人の足音を奥野被告の足音と勘違いしてパニックになる一幕もあった。
 店主の男性はAさんの報告を受け、「出て行って」と退店を促した。このやり取りを見ていた客の男性が奥野被告を取り押さえにかかり、事件へと発展した。
 店は2週間の臨時休業を余儀なくされ、Aさんは不眠で通院することとなった。

乱闘騒ぎ

 食堂での騒ぎが大きくなったため、客の一人が110番通報した。
 当時非番だった館山警察署生活安全課の男性(38)は、私服のまま現場へ。外にいた奥野被告が騒動の理由を言わないため、店の人に聞き取りを行った。いわく、勝手にビールサーバーを使おうとしたため制止したら暴れだし、客と協力して店外へ追いやったという。
 奥野被告と客の双方がやったやってないの押し問答を始めたため、とにかく警察署で話を聞こうと男性は奥野被告の手をつかんだ。しかし、「違法捜査だろう。離せ」と拒んだために離した。警察官職務執行法に強制力が無いためだ。
 ところがしばらくして、奥野被告の伸ばした手が右アゴに当たるという出来事があり、これを男性は殴られたと判断して午後0時50分ごろ、事件は公務執行妨害での現行犯逮捕にまで発展した。館山駅前交番から応援に駆けつけた制服警察官の2名も目撃している。

奥野被告の視点(食堂)

 ビールを注文していないし、ビールサーバーの場所を気にも留めていなかったという奥野被告は、Aさんが持ってきたマスクの着用を拒否した。すると、グループで来ている客の一人が「おいお前、いい加減にしろよ!」と奥野被告の首をつかんで引っ張った。投げ飛ばされた先が、ビールサーバーの近くであった。グループの一人が「見えなくすればいんじゃね」と眼鏡を取り上げ、グループは店外で何度も奥野被告の胸を路上に叩きつけた。
 駆けつけた警察官に「マスクしてないやつが悪い。なんでしないの」と責められたという奥野被告は、客からの暴力に関して被害届を提出したいと申し出たが、拒否された。

ネットでの炎上、メディアスクラム

奥野被告の家族が証言

 無罪主張では珍しく、本件では情状証人として奥野被告の妻が証言した。好奇の目線が家族にまで及んでいたためだ。
 Twitterでは「傍聴に妻が来るかもしれないからチェックしておこう」という投稿がなされ、Youtubeに奥野被告の居宅近辺を撮影した動画が投稿されていて会おうにも近づけず、乗客を名乗る人のツイートや食堂での動画を観て心を痛めた。
 奥野被告の父も出廷し、週刊誌からの電話が鳴り止まなかった当時の状況を振り返った。従前のインタビューの最中に、被告本人が「父は高齢なので……」とマスコミを批判する場面があったのだが、この証言で合点のいくところが多かった。
 というのも、捜索差押えの当日に父方へも捜査員が訪れ、内容をあまり確認していない供述調書に署名捺印してしまったのだ。ぜんそくなど、マスクに関連する持病を否定し、マスコミにも同じように回答している。耳が遠いため、法廷でのやりとりもスムーズにはいかなかった。
 検察側は「マスクパッセンジャー」というTwitterアカウントが奥野被告本人のものであることを妻に確認した。弁護側からは「死ね死ね死ね」といった誹謗中傷、「マスパセを実刑にする会」なる組織の話題も出た。

検察官が自分を証人として請求

 千葉県での勾留質問で、奥野被告は裁判官に「今後SNSで発信しない」と誓約している。「マスパセ」のTwitterアカウントに関して黙秘を貫いた奥野被告に対し、検察官はスクリーンショットを示した上で、自らが証人として語るべく裁判所に証人尋問を請求した。あまり時間を置かずこの請求は却下された。
 公判中の態度についても追及し、反省の色が無いことを強調しようと試みていたが、そもそも無罪主張である。

(※本稿では北海道の地理に詳しい旅行愛好家のNさんの協力を得ています)

2時間に及ぶ激論の末、結審

 初公判から半年近く経過した22年10月27日、検察側は懲役4年の実刑を求刑し、弁護側はすべての事件について無罪を主張した。事件ごとに双方の意見を比較する。

ピーチ事件

検察側の主張

 検察側は、CAに虚偽の証言をする動機が無いとした上で、奥野被告の供述は信用できないと述べた。まとめると以下のようになる。
・マスク未着用で離陸した事実に争いは無いため、マスクの着用を要件としていなかった。よって業務の妨害は座席移動に応じなかったことによる。
・交信内容に矛盾が無いことから機長の判断は適切。機長は地上のオペレーションコントロールセンター(OCC)に「乗客が狂ったように叫んでいる」、航空管制官に「乗客を降機させる」と連絡した記録がある。
・命令書に日付やチェックが無いのは確かだが、航空法施行規則の要件は満たしている。
・捜査や尋問で「つかんだ・はたいた・たたいた」と表現が変わっているのは、別々の場面を表しているため。
・新潟空港で乗客の拍手があったのは迷惑を被った証明である。
・仮にピーチ社が不適切な対応の隠ぺいを図ったとすれば、Bさんがケガをしたとは主張しないはず。痛みを直後に感じないのはよくあることで、医師が加療2週間の捻挫と診断している。

弁護側の主張

 弁護側はピーチ社の被害を大きく主張する必要から、CAは虚偽の証言をする動機があり、証言に矛盾や誇張があるとした。以下にまとめる。
・他の乗客のビデオ録画に、Bさんの「マスクを着けていただけたら出発できます」という発言が記録されている。
・機長は客室の状況を直接確認できないところ、CAが「乗客が狂ったように叫んでいる」と連絡したという証言が無い。CA自身も驚いていることから、機長の認識不足による勝手な判断での緊急着陸である。
・大声が録音されていない。体を触る行為や暴言は安全阻害行為に当たらないとマニュアルに記載がある。
・「つかんだ・はたいた・たたいた」と供述が変遷しており、矛盾や誇張が生じている。
・Bさんを診察した医師は、問診のみで検査をしていないと証言している。ケガをした客観的な証拠が無く、事件直後の新潟県警の聴取に、腕をつかまれて痛みを感じた旨の供述が無い。

捜索差押えの際の公務執行妨害

 検察側は、事件後に購入したというタブレット端末に、事件についてのメモが残されていたため差押え対象であったことを指摘。眼鏡が壊れた経緯について、捜査員の証言に整合性が無い点については真摯に証言していることの表れとした。
 これに対し弁護側は眼鏡について、壊れた経緯が不明である限り、故意であると認められないと主張した。捜索差押えの様子を捜査員が撮影しているが、後半にかけて撮影枚数が減っており、公務執行妨害で制圧する肝心の場面を撮影していないことに疑問を投げかけた。

館山食堂事件

検察側の主張

 この事件についても、まとめると以下のようになる。
・マスクを放り投げた奥野被告を、他の客が店員から引き離そうとしたことから事件に発展した。録画に「あばれんじゃねえぞ」という被告の発言がある。
・駆けつけた警察官に「距離を取りましょうよ」とジェスチャーをしたら、手が警察官のアゴに当たってしまったという話は脈略が無い。

弁護側の主張

 弁護側の方が多くの論点に言及しているため、検察側の意見より長くなる。
・奥野被告は他の男性客に首根っこをつかまれて前屈みにさせられている様子や、胸元をつかまれた状態でも人差し指のみを上げて抗議している写真がある。むしろ男性客が加害者ではないのか。営業に支障をきたしたのは男性客のせいである。
・Aさんがマスクを差し出している様子を撮影した動画に、詰め寄って尻もちをついた場面が無い。
・実況見分の際、ビールサーバーの近くにグラスが無かった。
・証言に「天丼出せ」との発言が無い。
・アゴに手が当たったと証言した警察官は、奥野被告の目を見ていたのであるから、手の動きを確認できるはずがない。他の警察官も位置関係からして手の動きを見られず、仮に当たったとしても暴行ではない。

求刑の理由、事件の背景

 検察側は、奥野被告が他人からの任意の要請に応じず、日本各地で我欲を押し通した事件であると非難した。ピーチ事件では乗客を危険にさらし、28万8千円の損害を与え、起訴後に館山食堂事件を起こしたことは司法手続を軽視している。ルールを守る意識が欠如しており、自分の弁は正しいと正当化しているため独善的。36歳という年齢にもかかわらず我欲を押し通し(〝我欲〟が2回使われている)、Twitterで誹謗中傷を繰り広げ、家族の監督も期待できないことから、懲役4年が相当とした。
 弁護側は、一連の事件に共通することとして、正論を言い続ける奥野被告に対する〝イライラ〟が原因であるとした。マスク未着用者への不理解と少数者への偏見が認知や供述をゆがめ、マスクをせずに意見を言う被告を排除しようとした背景を含めて、裁判所に慎重な判断を求めた。

奥野被告が示した「ルビンのつぼ」の絵

 最終陳述で、奥野被告は印刷してきた「ルビンのつぼ」の絵を法廷の全員に見せた。つぼと言われて見せられるとつぼに見え、向かい合ったふたりの顔と言われたらその通りに見えるという、有名な絵だ。
 法的な主張については弁護人の指摘した通りとした上で、奥野被告は事件の起こった〝背景〟を20分ほど自説を唱えた。これまで私が行ったインタビューでの発言と、内容は一貫して同じであるためご覧いただけると幸いである。

 法廷では、「ルビンのつぼ」を例に、この事件は人々が先入観から固定観念にとらわれてしまった結果であると主張。「うつらない、うつさない」という標語が一人歩きし、マスク未着用者は思いやりのない人であるという偏見を生み出したとした。
 マスク着用の是非については、諸外国の裁判例を例に挙げ、義務ではないことを強調した。また、推奨に応じるか否かについても、個々人の価値観で判断すべきであると訴えた。
 日本社会の現状として奥野被告は、以下の法務省のコラムを引用した。

「自粛警察と誤った正義感」https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken05_00055.html

 マスク着用の同調圧力に対し、奥野被告は「ピーチの飛行機でマスク着用に応じなかったことを大変誇りに思っております」と延べ、「人間社会に対する、小さな、しかし着実で大切な一歩であったと私自身思いますし、きっと遠くない将来にそう評される時が来るでしょう」と自負した。
 時折、傍聴席を振り返りながら、奥野被告は無罪を主張した。

判決

 裁判所は公訴事実を大筋で認定し、懲役2年執行猶予4年(未決勾留日数50日を算入)を言い渡した。
 そのうち、CAにケガを負わせたとする傷害罪については、医師の診察やCA自身の証言から、暴行罪に引き下げられた。暴行によってケガはしていないという判断である。
 動機について裁判所は、「自らの考えを押し通そうとした思いの強さ」が原因であるとし、奥野被告が「自らの行いを省みる姿勢に乏しい」と非難した。一方で、緊急着陸を決意した機長が出廷しなかったことに言及し、着陸の必要性が不明であるため、暴行の態様は軽度であるとした。

 判決言い渡し後、奥野被告は立ち上がって法壇に詰め寄り、「まるで中世の魔女狩り裁判のようだ!」と裁判長に向かって叫んだ。騒然となった傍聴席を振り返って「私は無罪だ!」と訴えかける中、裁判所職員が「閉廷です! すみやかに退廷してください!」と傍聴人に呼びかけ、一審は波乱に満ちた幕引きとなった。

(判決宣告後の奥野被告にインタビューをしました。後日記事を更新します)

コメント

  1. 傍観者A より:

    当人が記載してくれないので、非常にありがたいです。

  2. ゆきひこ より:

    うーん、貴重な資料だ。ありがとうございます。

  3. Reflex より:

    どっちもどっちと言うような話。証拠不十分で無罪となるとよいですね。

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